6

嫌いになるには、時間をかけて、知りすぎてしまった。

鉢植えに水を遣りながら、時折、伸びた枝や傷んだ葉を剪定をする。朝露に濡れた小さな植物たちが、こちらに意識を向けてくれることがわかる。それから、それらを窓のようにして、全く違う次元からこちらを見つめる、大いなるものの眼差し。辺りには透明な光の粒が充ち満ちて、ぷちぷちと泡立ち、はじける音が聞こえてくるようだ。

私が3歳の頃に亡くなった曾祖母は植物を育てるのがとても上手だった。生涯を通し、私に寄り添ってくれる植物との約束を初めて取りつけてくれたのも曾祖母だった。それが水仙だったからか、いまでも私は陰性の植物と縁があるが、曾祖母は中でも菊を育てる名手で、遠隔地からも教えを乞う人がぽつりぽつりと訪れていたらしい。しかし、当の本人は菊だけを育ててもしょうがないと言って、小さな持ち家の、猫の額ほどしかない庭には多種多様な植物が絡み合うように共存していた。端からみれば庶民的な、どこにでもある庭だったかもしれないが、彼女はその慎ましい生活と庭とを愛していて、その姿を見ることが好きだった。

物事や他者を慈しむこと、育むことを、私はこれまでほかの人間からは学ばなかった。

家庭の事情から、家にいながらも孤児のように暮らしてきたので、自然の中にひとりでいる方が余程性に合っていた。植物の持つ掛け値のない愛だけが、私を癒した。自らを含め、人間が持つ感情のエネルギーは濃く複雑で、かつ制御が難しく、ときに劇薬のように作用する。寿命が短いからか、心の移ろいも早い。きっと私には人間を心から愛することはできないな、こりゃ仙人にでもなるしかないかと思い、ならばと山に籠っても、そこに少数でも人間がいる限りは同じことだった。娯楽もなく、雨水で生活をし、場を清めることに努め、毎食ごとに感謝の祈りを捧げる生活を送ろうと、人間はどこまでいっても人間だった。それ以上でも以下でもない。もはや私は、私の生に疲れていた。

巫女として何度目かの山籠りを終えて山を降り、いまの恋人と付き合って初めて、人間の営みに息づく幸福の鋳型を与えられた気がした。私の内側の聖域に彼だけがたどりつき、根を下ろすことで、そこは誰も触われない、ふたりだけの国となった。同時に、これまでの自分がどれほど自らの生まれや過去の境遇を言い訳にして、他者を信頼せず、そのために心の休まる時がなく、他者の優しさや心を、私の魂とからだを粗末に扱ってきたのかを思い知った。ごめんなさい、と誰とはなしに呟く。きっともっと、色々とやりようがあったのに、私が未熟なせいで、そうできなくて、ごめんなさい。

ずっと死にたかった。もう終わりにしてくれと何度も願った。それでも分からないなりに、ハリボテでも愛していたのだから、すべてを嫌いになるには、時間をかけて知りすぎてしまった。私はたぶん、恵まれている。

5

1月から微熱が続き、下がらない。

低血圧、低体温なので平熱は35.8℃なのだが、ここ数ヶ月は37℃前後あり、いまに至っては38℃あるかないか。病院に行くと内臓の病が疑われ、検査の結果、リンパの腫れやCPR値の変化から、腸に炎症があった形跡はあれど収束傾向らしく婦人科に回されることとなった。東洋医学的未病では、こういうことが、まま起こる。緊急性があるものの対処は近代医学が適しているので、念の為に病院で診てもらうことを前提として、必要とあらば漢方薬やメディカルハーブのお世話になることにしている。

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近代医学以外の、おもに伝統的な療法を代替療法という。私はアロマテラピーとメディカルハーブ、それぞれの資格を取ったが、東洋医学の本はとても勉強になる。たとえば舌診は、舌の状態から、体質や内臓の状態を知るというもの。専門的な判断は出来ずとも、起きてすぐ鏡を見て、じぶんの舌の状態をチェックする癖をつけるだけで、何かしらの変化があれば、気がつくことができるようになる。興味がある方は調べてみてください。

大きな病院の待合室に来てから3時間半、ようやく診察を受けられる。初診だからだろうね…。世の中は利権で動いているのでこんなことを言ったところで詮無い話しかもしれないが、近代医学と代替療法の強みは違うので、そろそろもう少し踏み込んだ形で統合医療への道を模索してほしいなァと、しみじみ。はじめはお医者さまの診察ありきでも、可能なものは振り分けて、分業することによって、慢性的な人手不足に陥っている医療従事者の方も、患者さまも、救われること、あるのではないかな。

もしも植物療法に関する国家資格ができたら、取りたいくらいです。

4

いちど、すべてがこわれたあとで、ありあわせでつくったこころなのだから、いのちがあっただけ、しあわせだとおもえ。といわれた気がしていた。いつでも。

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ひととひと、陰と陽、それらのはたらき、それら同士の交わりによって、母なる胎内で、それぞれが夜光虫のように蠢き、大いなる流れの中で、ひとつの巨大な有機体を形づくる様子を見たことがある。全は一であり、一は全であること。たとえば分子がひとつ欠け、別の分子が混ざるとする。そこから都度、完璧なるものが現れる。その絶対的な摂理によって描かれる設計図に基づき、いまここが構成されていること。すべてのいのちは本質的に、なにものにもはかることはゆるされず、必要な間(またこれも、その摂理に基づいて算出される。そしてそれに情け容赦などない)、秩序立ち、留め置かれる。

元号が変わった。

それからはずっと、役立ちのための役立ちとは何かを考えている。人生万事塞翁が馬という諺が好き。時間軸を超えることは、だれにでも、おそらくタイムマシンがなくたって、できることかもしれない。たいせつなのは、状態だ。

3

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「いい加減、目覚めなさい。日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?今のまま、ずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。」


(今日の人間は幸福について殆ど考えないようである。試みに近年現れた倫理学書、とりわけ我が国で書かれた倫理の本を開いて見たまえ。只の一個所も幸福の問題を取り扱っていない書物を発見することは諸君にとって甚だ容易であろう。かような書物を倫理の本と信じてよいのかどうか、その著者を倫理学者と認めるべきであるのかどうか、私にはわからない。)

…中略…

(幸福について考えることはすでに一つの、恐らく最大の、不幸の兆しであるといわれるかも知れない。健全な胃をもっている者が胃の存在を感じないように、幸福である者は幸福について考えないといわれるであろう。しかしながら今日の人間は果たして幸福であるために幸福について考えないのであるか。むしろ我々の時代は人々に幸福について考える気力をさえ失わせてしまったほど不幸なのではあるまいか。幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのように感じられるほど今の世の中は不幸に充ちているのではあるまいか。しかしながら幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるであろうか。今日の人間もあらゆる場合にいわば本能的に幸福を求めているに相違ない。しかも今日の人間は自意識の過剰に苦しむともいわれている。その極めて自意識的な人間が幸福については殆ど考えないのである。これが現代の精神的状況の性格であり、これが現代人の不幸を特徴附けている。)


(社会、階級、人類、等々、あらゆるものの名において人間的な幸福の要求が抹殺されようとしている場合、幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか。)

(幸福の要求が今日の良心として復権されねばならぬ。ひとがヒューマニストであるかどうかは、主としてこの点に懸っている。)


「神に祈るな、両手が塞がる。」

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(この無秩序は、自分の行為の動機が幸福の要求であるのかどうかが分からなくなったときに始まった。)

…中略…

(幸福の要求はその秩序の基底であり、心理のリアリティは幸福の要求の事実のうちに与えられている。幸福論を抹殺した倫理は、一見いかに論理的であるにしても、その内実において虚無主義にほかならぬ。)

(幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもって彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが斃れてもなお幸福である。)


今日の日記は引用で終わってしまいました。

2

「神はじめ五つの色人をつくりなせしを知らせあるべし。黄、赤、白、青、黒(紫)人なり。」


おにたちについて

どこかで耳にした冒頭の五色人説にも、さまざまな説があるらしいけれど、それが肌の色だったとして。

たしかにかつて、そんなこともあったのかもしれないなと、数々の伝承や、日本昔話に登場する幾人もの「おにたち」のことを考えるにつけ、おもうのだ。


仮説A

海の向こうから、やってきたひとたち。

目鼻立ちから背格好まで、じぶんたちとは、まるで全然ちがっている…あの瞳は?髪の色はなんだ?

ことばだって、まるでつうじないかも。

そもそもコンタクトを取るべきなのか。

「こわい。」

「あれは、じぶんたちにとって、敵なのか、味方なのか?」


現代における、おにたちの持つ共通点、そこから想起されるもの。特徴的な外見の要素、行いなどに誇張はあったのだろうか。それとも、あくまで比喩だったのか(いっそ写実的だったのか…というオカルト考察はさておくとして)。ひとは、じぶんとはちがうものを異形とし、あやかしの類いに位置づけたのかもしれない。


こころのやさしいおにのうちです。

どなたでもおいでください。

おいしいお菓子がございます。

お茶もわかしてございます。


おにたちが出てくるお話しのひとつとして、「泣いた赤おに」という物語がある。

ひとと仲良くなりたかった赤おにが、戸口に立てた、立て札のこと。そんな赤おにのために、自ら「わるもの」として、ひと芝居を打ったために、そこで暮らすことができなくなり、ひっそりと村を去ってしまった青おにのこと。それを知ったときの、赤おにの心の内のこと。すべてのあとで、赤おにを信じることに決めた、村の人間たちのこと。青おにへの仕打ち。

それからの暮らしで、どれほどの人間に囲まれ、好意を寄せられ、しあわせに過ごせたとしても、青おにを失ってしまったという事実は、きっと終生、赤おにの心のどこかしらを翳らせ続けただろう。

そのことの、とりかえしのつかなさによって。


(とても簡単なことだ。ものごとはね、心で見なくては、よく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。)


解について

器の話しだけでなく、

魂の形や性質のことは、よりむつかしい。

またも、たいせつなものは匿われるのだ。


(星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね。)

(砂漠が美しいのは、)

(どこかに井戸を、ひとつかくしているからだね…)


わかる、わからないを越えて、いまこのばしょが、ひとりでも多くの有形無形のおにたちにとって、らくに息を吸って、吐けるところとなるように。

生きとし生けるものを生かし合うためにこそ智慧がいるのだ。あたまよくなけりゃなんない。

そのことだけが、おににならず、おににされず、おにをふやさず、おに同士で、ころしあわないですむ道のような気がしている。


(なつかせたもの、絆を結んだものしか、ほんとうに知ることはできないよ。)

(人間たちはもう時間がなくなりすぎて、ほんとうには、なにも知ることができないでいる。なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売っている店なんてないから、人間たちにはもう友だちがいない。だからきみも友だちがほしいなら、ぼくをなつかせて!)


1

すべてのものは依然としてそこにあるのに、ひとつひとつをつまびらかにしようとし、ちっぽけなかけらに切り取ってしまう。言語化するということは、つまりそういうことのように思う。

このはなれわざによって、あらゆるものが秘匿される。
完璧に仕上がったパズルでさえ、ピースをばらばらにしておけば…たとえ、そのへんに転がっていても…それぞれの比類なき美しさはそのままに、それらはきちんと「匿われている」のだった。
受け取る者の内側に、愛と、そこから喚起されるもの、素材がなければ、かけらをどれだけ集めても、ひとつの絵として還元することはなく、上滑りしていく。(魔法のようでしょう?)(しかもそれはホログラムのようになっていて、角度を変えることによって、わかることに奥行きが生まれ、立体化する。世界は多重構造なのだ。)(多次元のことを、あえてシンプルな次元に落とし込むことで削がれる情報は、なくなっているわけではない。)(どこまでをわかることができるか?)

ひとは時空間にすら影響されない魔術を施そうとして、まずはじめに、ことばを生み出したのかもしれない。まもるべきものを、自らの力で、まもるために。そして、順を追って、そのことの責任を含め、理解するために。愛はどんなことでも、どこまでもわずらわしく、苛酷なのだった。それはその手間を惜しまない者だけに与えられる滋味深い光、血の通った温もりでもある。

日記を書くのは、いつぶりだろう。
mixi世代だったのでツールとしては使い慣れてはいるものの、続けるには一定以上の熱量が必要なものでもあるように感じていて、10代後半〜20代前半に差し掛かる頃には遠ざかっていた。
今後は忘備録に近い形で、より口語的に、ぽつぽつ更新していけたらと考えています。が、1日で飽きたらごめんなさい。

それでは〜〜